言葉というものって、まんまの意味じゃないですよね。
言葉というのは、あんまり深い意味を持つものじゃないと思っています。
なぜなら言葉というのは個人個人によって捉え方が違うから。
たとえば「愛」という言葉は言葉市場マーケットであちこちで氾濫乱用されていますが、なにを持って「愛」の定義付けをしてるのかは人によって違う。
愛憎がらみの殺人事件で犯人が言う「愛してたから殺した」に、私は憤慨します。
そんなん「愛とちゃうっちゅーねんこのバカが!ナルシストが!」とすんごいむかつきます。
世の中で氾濫してる「愛」はほとんどが偽者です、メッキです。
きっと、「愛」という言葉を使うとなにかそこに高尚なものやロマンティックな香りがするので多用・乱用されとるんでしょう。テレビドラマで使われてるセリフの「愛してる」も大方間違ってます。たいていの場合、「恋してる」が正しいのです。
と、このように言葉は人によって捉え方が違うし、間違った乱用使いを社会がしているので、言葉に重みを置きすぎると、四六時中むかつくことになります。他人が吐く言葉のアゲアシをとり、常にケンカしないといけなくなります。そもそも、完全なる一致なんて、無理やのに。あぁ無謀。だって言葉というのは目に見えぬ、カタチにできんものを無理やり押し込めたパッケージみたいなもんでしょ?パッケージの中身が人によって違うのは、ある意味しかたがない。
私は「言葉」に恋しているし、「言葉」に魅了されているので、言葉を大事に慎重に扱いすぎると、言葉に裏切られることになるので、大事なものを大事にするために、言葉にあまり深い意味を見出しません。
たとえば静粛なる結婚式の、誓いの言葉。アレっておかしくない?
牧師さんかなんかが「あなたは夫となる○○さんを、いかなるときも生涯愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」ってヤツ。
アレ、私やったら「誓います」って言わんね。でも、「え・・・?一生?うーん、先のことはわかりませんができればそうありたいですねーハハ」とは言える。決意表明として誓うことはできても、生涯愛し抜くことの決定なんか、その時点でできるわけないやん。正しくは。
その場のノリと厳粛な空気に圧倒されて思わず誓っちゃった日にゃあ、離婚の際、「裏切り者!」「誓い破り!」と非難されることになる。だから言葉に重みを置くと、コワイ。
思うに言葉というものは、その一瞬のためだけのものではないかとも思う。
ホラ、平家物語の冒頭にも、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」っていってるではないか。
すべてが移ろいでいくのがこの世の常で、人の気持ちも街の風景も、変わっていかなきゃおかしい。
だから「好き♪」という言葉は、その瞬間確かに「好き♪」ではあっても、明日に確実に繋がる「好き♪」ではない。だから、「あの時好きっていうたやん!!」と泣き叫ぶヒスちゃんは、自然の摂理をもっと理解する必要がある。
自分の頭の中にある「これを伝えたい」を伝えるためのツールとして言葉はあるから、言葉の使い方によっては相手にうまく伝わらない。そもそも、官能的な表現ツール「音楽」に比べ、言葉というのは伝えたいことを伝える手段としてのパズルにしか過ぎん。しかも言葉の数には限界があるから、ほんま、埋め込み作業みたいやし。でも、どうしたって伝えるのが無謀なこともあります、日常的に。
たとえばすんごいキレイな景色を見て感想を聞かれたとき、「言葉が見つからん」ということがある。そう、言葉は見つけるもんなのです、だからややこしいい。
ですから他人を会話する際は、他人の吐く言葉ではなく、その人の頭の中の「いいたいこと」をイメージするように努めます。言葉をまんま、受け取り解釈するほど危険なことはありません。しやんでいいケンカや誤解が増えるだけ。
目の前の人が言いたいこと、伝えたいことを、いかに想像しながら話を聞くかで理解は決まります。
そうすると、100%は無理でも、80%くらいは伝わってるかもしれんなと思う。
で、さらにいうと、その相手との「イメージしながら」の会話により、ある程度実のある理解が可能となったら、「なんでこの人はそういうことを言うのか」もチラ見えします。
空中を舞う蚊のように、つかみ所がない場合もそりゃあります。
こちらの想像する努力不足か相手の言葉選択の間違いによることが多いです、そういう場合は。
でも、つかめることもあります。で、掴めたものが本当の「意味」です。その人が喋った理由です。声を放つといった労力のエネルギー源です。そこを掴め。
たとえばA子さんとB男さんのこんな会話。
B男 「君は免許持ってるの?」
A子 「うん。でも最近ぜんぜん乗ってない」
B男 「そう、でもたまにドライブすると気持ちいいでー。今度ドライブ行こ。BMWで迎えにいったるわ」
A子 「ウフ♪・・・てか、今何時?」
B男 「オレのパネライは23時半とさしてる。もう帰らんといけない?」
とっても簡単すぎますが、この会話の「意味」はなんでしょう?
言葉上の情報では、A子さんは免許を持っていて、でもぜんぜん乗ってなくて、B男さんはドライブ好きで、BMWに乗っていて、A子さんは時間を気にしていて、B男さんはパネライの腕時計をしていて、23時半ということがわかります。
が、そんな情報はどうでもいいんです。この会話が言わんとしていることは、「B男さんがA子さんを落とそうとしている」ということ。
おそらく、「BMW」とか「パネライ」とかを短い時間の中で連呼してるあたり、そういうもので自分を装飾しなければ自信がないのでしょう。
A子さんはそれに瞬時に気づかなければなりません。
で、持ち上げていい気分にさせて楽しむもよし、薄っぺらいヤツやと尻尾まいて帰ってもヨシ。
その後A子さんがどうしたのかは知ったこっちゃありませんが、とにかくB男さんがいわんとしたことを掴むには、「なぜこの人はその言葉を吐くのか」を考える必要があります。
こんなことが我が家でありました。
高校受験のとき、どの学校に行こうか迷ってたんですね。
で、普段は何においても父親にはあんまり相談しない私でしたが、そのときはたまたま、「お父さん、高校ってどう選んだらいいかな?」と聞いたんですね。
そしたら父の答え。
「おまえ女やし、制服で選べ」。。。。。
で、「制服で選んだらいいんや♪」とバカやった私は父の言葉をまんま受け止め、ほんまに一番可愛い♪と思った制服の学校に行きました。今おもえば、放任主義な父の言葉を大事にしたかったからかもしれません。とにかくまんま、受け止めたんです。
やがて時が経ち、私はある日父に半分文句で言いました。
「お父さんが制服で決めろっていうたから選んだけど、楽しくない!後悔してるかも・・・」
そしたら父から返ってきたコトバは、
「おまえアホか!あれはまんまの意味でいうたんとちゃうわ!あれは、あのコトバの意味は、制服可愛いと思う学校を選べるくらいに、つまり選択できるくらいの学力は持っとけよという意味でいうたんや!」と・・・。
おとうさ~~~ん、15歳には、もっとわかりやすくお願いします!!
そんなこんなでコトバというのは、非常に厄介なものです。
まんまに受け取ってはいけん。コトバの根底にあるものを想像しながら会話せんと、危ないですね。
でも言霊は、信じています。ので、マイナス発言はキライです。文句もキライ。
