2009/06/30
酒飲みの言い訳
注)ずっとエラーでアップできなかった記事です。なので、昨日悪さしたわけではございません。よろしく。
ついに「アルコールで病院に行く」という快挙を成し遂げました。
「このままでは死ぬ」と向かった一号線の「京橋さくらクリニック」。
エレベーターから降りたら、真正面に受付があり、おにいさんが笑顔で迎えてくれます。
そのおにいさんの笑顔といい、待合場所にある雑誌のセレクションといい、全体的な造りといい、「ここはびょーいんですか?」ってぐらいに洗練されてる。病院独特のツンとした消毒液のにおいもない。
おにいさんに初診であることを伝えると、問診表を書くよう言われます。
住所、名前等書く欄のすぐ下に、「今日はどうされましたか?(いつから、どのように)」の問いかけがあります。
迷うことなく「ヘヴィな二日酔いです。助けてください」と記入。
「嗜好品」の欄に「アルコールは飲むか?飲む人はどれぐらいのペースでどれぐらいの量を飲むか」を書くところがあります。
空白のままにしておきます。正直に書いたって怒られるだけ。何百、何千と投げられた効力ゼロのセリフなどもう聞きとうない。かといって嘘はつきたくない。だから空白。
とにかく狙いは、注射をブチこんでもらうことです。
わたし、知ってるんですよ。お医者さんが二日酔いになったとき、ブドウ糖とビタミン混ぜたやつを自分で打ってはることを。
どうやらアルコール分解には、血液内にいかに水分と栄養を入れ込むか、にかかっているとみた。
だから私はそれをやっていただきたいと渇望し、吐きながらも地獄の道のりを、とぼとぼ歩いてやってきたんです。
お医者さんが言う。
「注射やったら即効治るとか、もう二日酔いにならないとか、そういうのではないですからね」
「はい」
「お酒の量は減らせないの?」
わざわざ問診表を白紙にしたというのに、まるで普段の酒量を見抜いてるみたいにお医者はいう。
「はい、じゃなくって減らします・・・」
お医者はどうやらこの問診を通し、私が本物のアル中でないかどうかを確かめているのだろう。ほんの一瞬の視線からでも、瞳孔の開き具合や顔色、白目の濁りをチェックしているのを私も見逃しません。
お医者さんと相談のうえ、「肝機能改善注射」を打ってもらうことに。にんにく注射もいいらしいが、肝機能改善注射にはハイチオールでもおなじみの「Lシステイン」が入っており、代謝をアップさせることで二日酔い改善につながるのだという。
処置室に通され、右腕を専用台に乗せます。
看護婦さんがやってきて「チクっとしますよ」という。
注射はへのかっぱなんです。「ブスっとやってください」
針が皮膚を破り、注射器の中の透明な液体がからだにどんどん入ってきます。
あぁ、救いの液体さま、愛しき液体さま、と注射器を見つめる。
あれ、そういやこのキモチ、昨夜バー「BE-GRAD」で一発目に飲んだアルコールにも感じてたな。
「二日酔いなんとかしてくれーって、私のようなバカ、ほかにもきます?」と聞いてみた。けっこうくるらしい。そういうバカたちが死にそうな顔してやってきて注射打たれてるシーンを想像すると、たまらなく愛しくなるのはなんででしょう?バカ同盟を結んでそのあと京橋の飲み屋で盛り上がりたいぐらいです。
お会計は1,500円。保険適用外なので実費です。
実費でけっこうです。実費に救われるのです。
だって考えてみてくださいよ。これがもし保険適用だった場合、「こんなバカに時間と労力をあててくださって、本当に申し訳ございません」っていう萎縮したキモチで来ないといけないでしょ?
待合席で待ってる最中に、目の前を担架で運ばれる大変そうな人なんかが通った場合、その場で自責の念に苛まれ、割腹自殺しかねません。
だから、保険適用外の実費やからこそ、大きな顔をしていけるんです。
でもやで。ちょっと考えてみたら、ちょっとおかしい。
風邪や急性腹膜炎など「自分は悪くないのにしんどい体になった」のとちがい、制御すればいいものをアルコール飲みすぎて二日酔いで苦しむ、といった自業自得の「自分がバカでしんどい体になった」場合、大きい顔して病院にいけないと先ほど書きました。
しかし、アルコールが問題でしんどいからだになる場合、その「しんどさの具合」が重要で、二日酔いとかいうチンケなものではなく、いっそのこと急性アルコール中毒とかになっちゃったほうが、大きい顔して病院にいけるのです!!きっかけとなる「自分がバカやから」は同じであっても!しかもそうなったら保険適用となるんですから、やっぱり「自分がバカかどうか」で萎縮したり大きな顔したりするのはあんまりよくないかもしれません。
だから、「風邪にかかって可愛そうな私」と被害者面して病院にいくのも、「自分がバカで性病なりました」と開き直って病院にいくのも、「自分がバカで二日酔いなりました」と萎縮して病院にいくのもよくない。
と、そんなことを考えながら病院を出て歩いてました。
注射の効果はテキメン。
それまでモノクロやった世界がカラーに変わり、世界はなんてすばらしいのか!と清清しく、幸福感と万能感にあふれていました。
あれ、そーいやこの感覚も昨夜3軒目のバーを出たあたりで感じてたな。
しばらく歩いていたら、「おーい!みゆきちゃん!」と誰かにうしろから呼ばれます。
ふりかえると、焼肉「正」のヤスさん。
私は自慢げに腕をみせ、そこで注射してきたことをアピります。「二日酔いで死にそうやってん」。
「みゆきちゃん・・・。こないだも取材してくれたとき開口一番に『横のサンクスで今吐いてきてん』って言うてたやん・・・・」
そうでしたね。。。
そもそも、人は、なぜアルコールを飲むのでしょう?
それは、私思うに、「幸せが増す。そして合法」ということに尽きると思うのです。
たとえばだれか友達とどっかでおしゃべりしていて、楽しい。
でもそこに、プラスアルコールが加わると、もっと楽しい。
で、どうやら神さんは、このアルコールがもたらす幸福感の配合を、私には特別に限界配合サービスしてくれたんとちゃうかと思う。ほかの人がアルコールによってシラフ時より幸せ感30パーセントアップやとしたら、私の場合、少なくとも幸せ感60パーセントアップぐらいになってるのは間違いありません。
それが神さんのミスなのかサービス精神なのか贔屓なのか、それとも悪意なのかは知りませんが、とにかく私は「もっと楽しくなるため」に飲むのです。
アルコールは私にとって、悪魔であり天使です。
でも、この世の終わりにきたかと思うほどの激しい二日酔いや、若干失われたであろう信頼とか、悪魔の面も多々受けていますが、
それでもやっぱり、天使の恩恵をその何十倍も受けている。
好きな人とシャンパンで、泡と幸福まみれになる甘美極まりない時間。
飲んでたバーで出会った友達や愛しい人たちは、「仲間」という財産。
感情をストレートに吐くことは、実は相手にも心地いいんやという「気づき」。
京橋経済新聞のネタだって、夜な夜なこのへんの飲み屋を徘徊してるからこそ、情報をキャッチできる部分もある。
だから私はお酒が好きなのです。
「このままでは死ぬ」と向かった一号線の「京橋さくらクリニック」。
エレベーターから降りたら、真正面に受付があり、おにいさんが笑顔で迎えてくれます。
そのおにいさんの笑顔といい、待合場所にある雑誌のセレクションといい、全体的な造りといい、「ここはびょーいんですか?」ってぐらいに洗練されてる。病院独特のツンとした消毒液のにおいもない。
おにいさんに初診であることを伝えると、問診表を書くよう言われます。
住所、名前等書く欄のすぐ下に、「今日はどうされましたか?(いつから、どのように)」の問いかけがあります。
迷うことなく「ヘヴィな二日酔いです。助けてください」と記入。
「嗜好品」の欄に「アルコールは飲むか?飲む人はどれぐらいのペースでどれぐらいの量を飲むか」を書くところがあります。
空白のままにしておきます。正直に書いたって怒られるだけ。何百、何千と投げられた効力ゼロのセリフなどもう聞きとうない。かといって嘘はつきたくない。だから空白。
とにかく狙いは、注射をブチこんでもらうことです。
わたし、知ってるんですよ。お医者さんが二日酔いになったとき、ブドウ糖とビタミン混ぜたやつを自分で打ってはることを。
どうやらアルコール分解には、血液内にいかに水分と栄養を入れ込むか、にかかっているとみた。
だから私はそれをやっていただきたいと渇望し、吐きながらも地獄の道のりを、とぼとぼ歩いてやってきたんです。
お医者さんが言う。
「注射やったら即効治るとか、もう二日酔いにならないとか、そういうのではないですからね」
「はい」
「お酒の量は減らせないの?」
わざわざ問診表を白紙にしたというのに、まるで普段の酒量を見抜いてるみたいにお医者はいう。
「はい、じゃなくって減らします・・・」
お医者はどうやらこの問診を通し、私が本物のアル中でないかどうかを確かめているのだろう。ほんの一瞬の視線からでも、瞳孔の開き具合や顔色、白目の濁りをチェックしているのを私も見逃しません。
お医者さんと相談のうえ、「肝機能改善注射」を打ってもらうことに。にんにく注射もいいらしいが、肝機能改善注射にはハイチオールでもおなじみの「Lシステイン」が入っており、代謝をアップさせることで二日酔い改善につながるのだという。
処置室に通され、右腕を専用台に乗せます。
看護婦さんがやってきて「チクっとしますよ」という。
注射はへのかっぱなんです。「ブスっとやってください」
針が皮膚を破り、注射器の中の透明な液体がからだにどんどん入ってきます。
あぁ、救いの液体さま、愛しき液体さま、と注射器を見つめる。
あれ、そういやこのキモチ、昨夜バー「BE-GRAD」で一発目に飲んだアルコールにも感じてたな。
「二日酔いなんとかしてくれーって、私のようなバカ、ほかにもきます?」と聞いてみた。けっこうくるらしい。そういうバカたちが死にそうな顔してやってきて注射打たれてるシーンを想像すると、たまらなく愛しくなるのはなんででしょう?バカ同盟を結んでそのあと京橋の飲み屋で盛り上がりたいぐらいです。
お会計は1,500円。保険適用外なので実費です。
実費でけっこうです。実費に救われるのです。
だって考えてみてくださいよ。これがもし保険適用だった場合、「こんなバカに時間と労力をあててくださって、本当に申し訳ございません」っていう萎縮したキモチで来ないといけないでしょ?
待合席で待ってる最中に、目の前を担架で運ばれる大変そうな人なんかが通った場合、その場で自責の念に苛まれ、割腹自殺しかねません。
だから、保険適用外の実費やからこそ、大きな顔をしていけるんです。
でもやで。ちょっと考えてみたら、ちょっとおかしい。
風邪や急性腹膜炎など「自分は悪くないのにしんどい体になった」のとちがい、制御すればいいものをアルコール飲みすぎて二日酔いで苦しむ、といった自業自得の「自分がバカでしんどい体になった」場合、大きい顔して病院にいけないと先ほど書きました。
しかし、アルコールが問題でしんどいからだになる場合、その「しんどさの具合」が重要で、二日酔いとかいうチンケなものではなく、いっそのこと急性アルコール中毒とかになっちゃったほうが、大きい顔して病院にいけるのです!!きっかけとなる「自分がバカやから」は同じであっても!しかもそうなったら保険適用となるんですから、やっぱり「自分がバカかどうか」で萎縮したり大きな顔したりするのはあんまりよくないかもしれません。
だから、「風邪にかかって可愛そうな私」と被害者面して病院にいくのも、「自分がバカで性病なりました」と開き直って病院にいくのも、「自分がバカで二日酔いなりました」と萎縮して病院にいくのもよくない。
と、そんなことを考えながら病院を出て歩いてました。
注射の効果はテキメン。
それまでモノクロやった世界がカラーに変わり、世界はなんてすばらしいのか!と清清しく、幸福感と万能感にあふれていました。
あれ、そーいやこの感覚も昨夜3軒目のバーを出たあたりで感じてたな。
しばらく歩いていたら、「おーい!みゆきちゃん!」と誰かにうしろから呼ばれます。
ふりかえると、焼肉「正」のヤスさん。
私は自慢げに腕をみせ、そこで注射してきたことをアピります。「二日酔いで死にそうやってん」。
「みゆきちゃん・・・。こないだも取材してくれたとき開口一番に『横のサンクスで今吐いてきてん』って言うてたやん・・・・」
そうでしたね。。。
そもそも、人は、なぜアルコールを飲むのでしょう?
それは、私思うに、「幸せが増す。そして合法」ということに尽きると思うのです。
たとえばだれか友達とどっかでおしゃべりしていて、楽しい。
でもそこに、プラスアルコールが加わると、もっと楽しい。
で、どうやら神さんは、このアルコールがもたらす幸福感の配合を、私には特別に限界配合サービスしてくれたんとちゃうかと思う。ほかの人がアルコールによってシラフ時より幸せ感30パーセントアップやとしたら、私の場合、少なくとも幸せ感60パーセントアップぐらいになってるのは間違いありません。
それが神さんのミスなのかサービス精神なのか贔屓なのか、それとも悪意なのかは知りませんが、とにかく私は「もっと楽しくなるため」に飲むのです。
アルコールは私にとって、悪魔であり天使です。
でも、この世の終わりにきたかと思うほどの激しい二日酔いや、若干失われたであろう信頼とか、悪魔の面も多々受けていますが、
それでもやっぱり、天使の恩恵をその何十倍も受けている。
好きな人とシャンパンで、泡と幸福まみれになる甘美極まりない時間。
飲んでたバーで出会った友達や愛しい人たちは、「仲間」という財産。
感情をストレートに吐くことは、実は相手にも心地いいんやという「気づき」。
京橋経済新聞のネタだって、夜な夜なこのへんの飲み屋を徘徊してるからこそ、情報をキャッチできる部分もある。
だから私はお酒が好きなのです。
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